2023/04/20 天竜川遡上、伊那の極厚ソースかつ丼(伊那南部広域農道、伊那西部広域農道、かつ丼家まつくぼ)
新緑が眩しいこの季節、伊那谷を流れる天竜川を遡りながら、南アルプスの西側を南北に走る伊那山地を北上することにした。 凍り付く冬場には駆け出せなかった山岳ルート故、新緑が芽吹きリンゴの花が咲く春の美しさもひときわであろう。
まずは、愛知県豊田市から国道153を北へ走り出し、長野県根羽村への県境を越えたところで県道46に分岐すると、売木峠(1150m)を越えて売木村へと駆け降りた。 さらに、国道151を北へ駆け降りながら阿南町を貫けると、南宮大橋で天竜川対岸の泰阜村へと渡った。 その後は、県道1、伊那南部広域農道、そして県道18へと、伊那山地西麓の峠道を継ぎながら伊那市街まで北上した。
そして旅を折り返す目的地は、伊那市街を抜けた国道153沿いで営業する「まつくぼ」、極厚かつで知られるソースかつ丼の名店である。 2007年のツーリングで訪れたことがある懐かしい店、あれから15年程の月日が流れて還暦を越えた親父は、はたして今回も、ボリューミーな伊那名物の丼ぶりを平らげることができるだろうか。
伊那南部広域農道から伊那谷越しに中央アルプスを望む
ルート概要
東海環状道豊田松平IC-国301-県39→足助-国153→道の駅どんぐりの里稲武-国153→根羽村下町-県10-県46(小戸名渓谷、売木峠)→売木村-国418→道の駅信州新野千石平-国151→早稲田-県244-県1→南宮大橋-県1→県83(泰阜村集落)-県1→三遠南信自動車道天竜峡PA(そらさんぽ天竜峡)-天竜峡IC-三遠南信自動車道→飯田上久堅・喬木富田IC-国256→牧野内集会所-伊那南部広域農道(南信州フルーツライン)→河野大宮神社-県18→板戸橋-国153→道の駅田切の里-県18(火山峠)→中央区-県19→国153(伊那バイパス)→かつ丼家 まつくぼ-国153→沢上北-伊那西武広域農道→小黒川スマートIC-中央道→飯田山本IC-国153-県366-加茂広域農道-県363→根崎-国301→東海環状道豊田松平IC
ツーリングレポート
豊田市から飯田市方面へと矢作川沿いの国道153を遡り続けると、いよいよ愛知から長野への県境を越えた。 日の出から間もない早朝の走り出しだったせいか、路側の気温10℃に凍えながら走ることになってしまった。 春や秋の季節の変わり目にはだいたいこういうことになる。
実際のところ、30℃まで上昇した名古屋の気温に浮かれた親父は、Tシャツに皮ジャケットを羽織った軽装の走り出しであった。 我ながら、いったい何年オートバイに乗り続けているのだろうか、少しは学んで重ねられるインナーでも用意しておけばよいものを...しかし、それが出来きぬ懲りない性分故、いまだに乗り続けられているのかもしれぬ(笑)。
国道153で愛知から長野への県境を越える、路側の気温は10℃
愛知から長野への県境を越えて程なく、県道46へと分岐して根羽村集落を抜けると、売木峠(1150m)にむけて矢作川沿いの峠道に駆け上がっていった。 その後、小戸名渓谷にかかる水神大橋を渡って萸野(ぐみの)トンネルを貫けると、矢作川に沿った落差のある峠道へとさしかかる。
毎度のことながら、自重しなければ、年甲斐も無く盛り上がりすぎてしまう楽しい峠道。 根羽村集落から走り出して暫くは民家も点在するので、メリハリを効かせてライディングを楽しみたいところ。 水神大橋手前には休憩できる東屋もあるので、季節ごとに色を変える谷底を流れる矢作川を見下ろし、一呼吸つくのも良さげである。
水神大橋で小戸名渓谷を渡ると、売木峠に向けて本格的な峠道が始まる
さらに標高を稼ぐと徐々にブナ林が点在し、茶臼山高原らしい広葉樹林が広がってくる。 平日のツーリングだったせいか、それとも早朝の走り出しだったせいか、誰にも出会わぬ独り旅。 咲き残った山桜の淡いピンクと芽吹き始めた木々の淡い緑、売木峠へ駆け上がるルート沿いの春景色とワインディングを独り占め。
その後、幾重かの九十九折れを上りきって売木峠を越えると、売木村集落に向けた林間ダウンヒルが始まる。 W800 streetの、タイヤ、ホイール、サスペンション、そしてフレーム剛性のバランスはコントローラブルで申し分ない。 しかし、正直なところ限界が低いところでのバランスであることは否めない。 コーナーを繋ぐ直線区間も長い林間ルート、進入姿勢や速度の加減には気を使いたいところ。
ところで、親父が夢中になっているのは、進入でフロント荷重を抑えるための前後ブレーキバランス、そして逆ステアで一気に曲げて4,800rpmの最高トルクで立ち上がりライン...初めて乗る空冷並列二気筒360°クランクエンジンゆえに、乗り慣れたルートも、自分なりのライディングの解釈と操作を試す貴重な機会となる。
売木峠に向けて県道46の駆け上がり、茶臼山山麓の広葉樹琳が広がる
県道46を売木村集落まで下り国道418に突き当たると、さらに道の駅信州新野千石平を経由して国道151を飯田方面へと駆け降りていった。 しばらくは、天竜川が流れる伊那谷越しに伊那山地、さらに南アルプスの稜線を望みながら国道151を走り続ける。
そして、早稲田交差点から阿南町集落へと駆け降りると、天竜川に架かる南宮大橋で対岸の泰阜村へと渡り、伊那山地西麓を北上する山岳県道1号を駆け上がって行った。 伊那山地は、南アルプスの西側に並行して延びる標高1,600m~1,800mの山なみで、諏訪湖の南から佐久間ダム付近まで続いている。 ここから、県道1、伊那南部広域農道、そして県道18へと走り継ぎながら、天竜川を見下ろす伊那山地を北へと走り続けることになる。
阿南町から天竜川対岸の泰阜村へ、南宮大橋を渡り伊那山地を北へ走り出す
県道1は標高を稼ぎながら伊那山地西麓を北上し続け、道なりに国道83で泰阜村集落を抜けてさらに走り続けると、飯田市に入って景勝地天竜峡にたどり着く。 適度なアップダウンを伴う中低速コーナーの切り返しが続く峠道は走りごたえがあり、二輪四輪に関わらず地元車両以外に出会う車両は殆ど無い。 この日も、道を譲ってくれた地元車両に手を上げながら、瑞々しい新緑に覆われた山岳林道を独り占めさせてもらう。
走りごたえのある山岳県道1、通行車両も無く新緑の峠道を独り占め
県道1が泰阜村から飯田市への境界を越えると、路側に咲くりんごの花が目に留まり、あらためて自分が南信州へと旅してきたことを知る。 南北に長く様々な四季が移り変わる日本ゆえに、旅先の花や果実に土地々々の季節を感じることが出来る。 何気ない見慣れた景色ではあるが、短い日帰りツーリングでそれを感じることが出来る環境に感謝せねばなるまい。
泰阜村から飯田市への境を越え路側に咲くりんごの花、南信州の春
さて、県道1沿いにリンゴ畑や集落が増えてくるとやがて天竜峡にたどり着く。 そして、県道1からJR飯田線天竜峡駅方面へ分岐すると、駅脇の踏切を渡って直ぐに三遠南信自動車道天竜峡IC方面へと駆け上がって行った。 三遠南信自動車道無料区間で、天竜峡ICから飯田上久堅・喬木富田ICまで移動し、伊那南部広域農道へと走り継ぐ算段である。
そして今回は、天竜峡IC脇にある天竜峡PA(そらさんぽ天竜峡)に立ち寄ってみることにした。 そらさんぽ天竜峡の北側には、伊那谷に広がる飯田市街越しに中央アルプスの前衛となる風越山(1,535m)、その先に遠く中央アルプス主峰の木曽駒ヶ岳(2,956m)を望むことが出来る。 また、三遠南信自動車道天竜峡大橋の車道の下には遊歩道があり、JR飯田線橋梁がかかる天竜峡を一望することが出来る。 ツーリングに関わらず、天竜峡を訪れた時には立ち寄りたいビューポイントだろう。
天竜峡PAの二輪駐車場から風越山、さらにその先に木曽駒ケ岳を望む
天竜峡大橋下に設けられた歩道から、飯田線が走る天竜峡を見下ろす
天竜峡PAで中央アルプスや天竜峡の景観を眺め一息つくと、予定通り天竜峡ICから三遠南信自動車道に乗り飯田上久堅・喬木富田ICまで移動した。 そしてランプウエイが突き当たった国道256を飯田方面に折り返すと、いよいよ伊那南部広域農道(南信州フルーツライン)に分岐して伊那方面へと駆け出した。
伊那山地西麓から伊那谷越しに中央アルプスの稜線をのぞむ伊那南部広域農道、何度走っても息をのむような大パノラマに見入ってしまうことになる。 幸か不幸か、その眺望が開ける場所は限られるので、ライディングと景色に集中する区間を切り替えながら走る。
伊那南部広域農道から伊那谷越しに中央アルプスの稜線を望む
伊那南部広域農道は、河野大宮神社脇で県道18に突きあたって終わりとなる。 基本的に道なりに走れば農道をたどることができるが、分かりにくい継ぎ目も存在するので、事前にルート確認しておいた方が無難である。 伊那山地の高台を走る農道から県道18まで下ってくると、その後は間近を流れる天竜川と交差しながら走ることになる。
そして、県道18が松川町を貫けて中川村に入ったところで、中部電力南向(みなかた)発電所が目に留まった。 天竜川を堰き止めた南方ダムからの送水で発電する南方発電所は、日本の電力王と呼ばれた福沢桃介が手掛け1929年に完成した発電所である。 どこかで見かけた気がするレトロモダンな建屋は、ツーリング中に見かけた木曽川読書発電所と同じく、福沢桃介が手掛けたアールデコ様式であった。
1929 年に建てられた南向発電所、福沢桃介が手掛けたアールデコ様式
そして、南向発電所前に建てられた解説板を読んでいると、県道18を挟んだ田園に続くイチョウ並木が目に留まった。 スマホで検索してみると、この中川村渡場のイチョウ並木は、40年程前に地元有志が中部電力の敷地を借りて苗を植え、現在も三代目ボランティアの人達によって維持管理されてるとのことだった。 南信州ツーリングの途上、その鮮やかな紅葉に癒されてきたはれふら親父、知らぬところで手をかけてくれている人達がいることに感謝する。 新緑のイチョウ並木の足元にお邪魔して、冠雪が残る木曽駒ケ岳(2,950m)の稜線を背景にW800 streetの後姿を撮影させてもらう。
中川村渡場のイチョウ並木から冠雪残る木曽駒ケ岳を望む
中川村渡場のイチョウ並木を後にして、しばらく天竜川沿いの緩やかな林間ルートを走ると、板戸橋を渡って対岸を走る国道153(伊南バイパス)に迂回することにした。 迂回策を取らずにそのまま走り続けると、天竜川岸沿いの苔むす狭道に分け入ることになるが、酷道マニアの方以外にはあまりお勧めできない。
ちなみに天竜川対岸に渡った板戸橋は、昭和8年に架設された78mの鉄筋コンクリート造りのアーチ橋で、昭和前期の日本の建築技術の高さを示す道路橋として国の重要文化財に指定されたらしい。 現存する戦前の道路橋としては国内最大とのことである。
そして、迂回した国道153が道の駅「田切の里」に差しかかると、道の駅脇から始まる県道18に分岐して伊那方面へと走り続けた。 その後県道18は火山峠越えの峠道にさしかかり、さらに郊外の田園地帯を抜けて伊那市街に差しかかる。
九十九折れの県道18で火山峠を越えて伊那市街へと下って行く
県道18で伊那市街に入って県道19へと道なりに走り続け、国道153伊那バイパスに乗って市街地を通り抜けた国道沿いで営業する「かつ丼家まつくぼ」にたどり着いた。
本レポートの冒頭でも触れたが、まつくぼは2007年のツーリングで訪れたことがある店である。 随分とご無沙汰したものだが、実に15年振りの来店である。 オフからオンへツーリングのスタイルを変えたばかり、当時の相棒はZRX1100であった。
当時のことを思い出していると、バイク道楽のことだけでは無く、新しい仕事に挑戦して四苦八苦していたこと等々、様々な記憶が芋づる式に蘇ってきた。 ツーリングの思い出に紐づけして、忘れてしまった大切な記憶を再生してくれるオートバイ。 還暦を過ぎてなお、いや還暦を過ぎたからこそ、なかなか降りられぬ理由がそんなところにあるのかもしれぬ。
さてさて、芋づる式に蘇った晴れふら親父の身の上話は兎も角、当時、老体で頑張っていると語っていたまつくぼ店主からZRXとの記念写真を撮ってもらったことを思い出す。 惜しまれながらも後継者不足で閉店する店が多いご時世、二代目店主ががんばるこの店の世代交代は上手くいったようである。
15年振りに訪れたかつ丼家まつくぼ、記憶に残る極厚のソースかつ丼は健在か!?
相棒を店先に停めて店内に入ると、人気店のランチタイムらしく大勢の客で賑わっていた。 そして、運よく残っていた一人席に案内されると、迷うことなく特製ソースかつ丼1,650円也を注文した。 果たして、記憶に残るボリューミーな極厚かつ丼は健在であろうか!? そして、衰えた晴れふら親父の胃袋は、それを平らげることができるだろうか(笑)。
極厚かつの揚がり時間を覚悟して待っていると、意外に早く注文した特製ソースかつ丼が配膳されてきた。 まずは、見た目のインパクトは15年前の記憶と変わらず、ツヤのあるソースを纏った300gのかつが丼に納まりきらぬ様に圧倒される。 そしてお約束の断面を確認すると、期待通り3~4cmの極厚ぶりに「コレコレ」とうなずく親父であった。
早速その極厚ソースかつにかぶりつくと、驚くほど柔らかい肉は丁寧な下ごしらえを思わせる。 そして、ぶ厚いかつをしっかりと覆うサクサクの薄い衣は、余分な油っぽさを感じずにいただける由縁であろう。 たっぷりとソースを纏っても残る、サクサクのころもと柔らかい肉の食感のバランスに料理人の技を感じる。
その他、コクのある甘さのソースのまとい加減、口直しのキャベツのふんわり感、食いしん坊の親父が「なるほど」と思えるところを上げればキリがない(笑)。 形だけはマネできたとしても、この厚みだから出せる美味しさを調理できる技術が、この店がオンリーワンの由縁なのであろう。
見た目のインパクトに完食を心配した親父であったが、美味しくいただける工夫が詰まった一膳を一気に平らげることとなった。 一応、持ち帰り用パックは用意されているが、老若男女他の客も皆平らげている様子、美味かったとつぶやき帰る様が、全てを表しているだろう。
ちなみに、甘味を感じる信州みそ仕立ての味噌汁は九州親父にもドストライク、具沢山味噌汁はお代わり自由とのことであったが、主役の演技に圧倒されて脇役のカーテンコールは見送ることにした(笑)
まつくぼの特製ソースかつ丼、極厚かつの美味さが際立つオンリーワン
味も量も大満足の昼食を終えると、南信州の旅を折り返すことにした。 往路の伊那山地を北上するルートで十分に峠道を堪能したゆえに、中央高速道を利用して伊那から飯田までの区間を一気に移動して、国道153で豊田方面へと帰還する算段である。
そして、まつくぼから国道153に折り返すと直ぐに中央道伊北インターにアクセスできるのだが、高速道路走行前の腹ごなしに伊那西部広域農道を経由してみることにした。 国道153で中央道伊北インターをやりすごすと直ぐに、伊那から飯田まで中央アルプス麓を走る伊那西部広域農道への分岐に差しかかる。
伊那西部広域農道は中央アルプス麓からの眺望が開け、並行する国道153のバイパスとして重宝するルートであろう。 しかし、伊那や駒ケ根などの市街近くでは地元の生活道路となり、沿道企業の物流車両も重なって流れが悪くなってしまうのが難点。 今回は農道の流れ具合を見ながら、混雑に差しかかる前に最寄りのインターから中央道に乗ることにする。
そして実際に伊那西部広域農道に駆け上がってみると、左手には伊那谷越しの伊那山地、さらにその先に冠雪が残る南アルプスの稜線がつながり、右手には中央アルプスの裾野を駆け上がる大パノラマが広がっていた。
濃尾平野真っ只中の街中で暮す親父の日常をリセットするに申し分ない景色、春の伊那谷を満喫しながらまったりと走り続け、満腹だった腹も多少はこなれてきた。 そしてここらが潮時と、農道が込み合う前に小黒川SAスマートICから中央道に乗ることにした。
中央道小黒川SA、冠雪した仙丈ケ岳(3,030m)、大仙丈ケ岳(2,975m)を望む
小黒川SAスマートから中央道に駆け上がると、右手に中央アルプスの稜線を見上げながらの移動となる。 高台を走る高速道路ゆえにそれなりの景色を見通せるのだが、気が抜けぬ高速道路走行である。 景色を楽しみたいのならば、伊那西部広域農道を飯田まで走り継いで、のんびりクルージングした方が良さげである。 今回は、家族への土産を探すために立ち寄った駒ヶ岳SAで、冠雪が残る木曽駒ケ岳をゆっくりと見上げて帰路を急ぐことにした。
中央道駒ケ岳SAから冠雪が残る木曽駒ケ岳(2,956m)に振り返る
さて、中央道を飯田山本ICまで一気に南下すると、駆け降りた国道153を豊田方面へと走り出した。 冬場には凍りつく治部坂峠(1,187m)も今はもう春景色、鮮やかな新緑と淡い春山のグラデーションを眺めながら峠を越える。 また、治部坂峠は天竜川水系と矢作川水系との分水嶺、峠越え以降は矢作川に注ぐ流れに沿った帰り道となる。 今回の往路では、天竜川を遡る行程をたどったからだろうか、そんなしようも無いことに南信州の旅から無事戻ってきたことを感じる親父なのである。
そして、往復500km程度の旅の終わりに何気なく立ち寄った加茂広域農道、幹線国道の帰路を農道の峠道で締めくくるつもりだったのだが、思いがけず、農道を覆う見事な新緑に目を奪われることとなった。 非日常を探しに遠方へ足を運ぶのも良いが、身近な日常や峠道もまんざらでは無いと気づかされて旅を終えることとなった。 加茂広域農道から国道301へと走り継ぐと、東海環状道豊田松平ICから名古屋方面へと帰路に着いた。
旅の終わりに訪れた加茂広域農道、思いがけず見事な新緑に目を奪われる
さてさて、自分でもどうして思い立ったのか分からぬが、今回、15年前のツーリングで訪れたソースかつ丼の名店を再訪することとなった。 旅を終えて見ると、春の訪れに満を持して走り出した、天竜川を遡りながら伊那山地を北上するルートは、ワインディングも景色も期待通りだった。
そして、久しぶりにいただいた極厚かつに当時の記憶が湧きだし、永い年月を経て変わったことも多いが、変わらぬものもあるなぁと思い巡らす親父であった。 志通りにやり遂げたことは沢山あるが、変わらずに走り続ける己がいる。 五感で風を感じながら、タフな峠でゴールを目指している時の方が生きている実感がわくのである。
何とも面倒くさい還暦親父だが、オートバイと共に己の着地点を探す旅はまだまだ終わりそうにない。 でもまあ、とりあえず、極厚かつを平らげる親父の胃袋だけは変わっていなかったようである(笑)。
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