2022/05/28 飛騨高山から鈴蘭高原へ新緑の峠三昧(こもれびロード、せせらぎ街道、飛騨農園街道、郷土食ひのきや)

 地球温暖化の影響で四季の夏冬二極化が加速する日本、現在もまだ梅雨入り前だというのに真夏日の予報が聞こえるようになってしまった。 そして難しい地球環境問題はさておき、目先のツーリングしか考えらぬ近視眼バイク親父は、新緑のベストシーズンを逃すまいと峠を目指すわけである。

 さて、新緑の峠道を駆け抜けるイメージとともに思い浮かぶワインディング、間違いなくその一つに挙げられるのが、郡上八幡と飛騨清見をつなぐ「せせらぎ街道」であろう。 そのせせらぎ街道を組み入れて思いついた行程は、東濃恵那からせせらぎ街道を経由して飛騨高山へと北上し、鈴蘭高原を経由して東濃恵那へと南下して帰還するルート。

 名古屋から恵那へは中央道を折り返し約200km、そして飛騨高山を経由した鈴蘭高原からの折り返しが約300km、日帰りツーリングとしては合計約500kmを越える長丁場となった。 コロナ禍以降、県境を跨ぐ移動自粛もあり200km前後のショートツーリングが殆ど、還暦親父の今後の長旅の試金石ともいえるリハビリツーリングの様相である。

 そして新緑をイメージしながら組み合わせた峠道は、中央道恵那ICから始まる県道68の中野方峠越え、道の駅「和良」からせせらぎ街道へ北上するこもれびロード、メインディッシュのせせらぎ街道、さらに飛騨高山市街を抜けた国道158から国道361 へと南下する飛騨農園街道、そして最後に国道361から国道41への鈴蘭高原越え...何とも走りごたえのある峠道がてんこ盛りで、新緑を楽しむ余裕があるのか怪しいところだが、還暦親父の技量と持久力を図るには申し分の無い行程になるだろう。 


新緑の鈴蘭高原から御嶽剣ヶ峰(3067m)の絶景



ルート概要

中央道恵那IC-県68ー(中野方峠)→白川口-国41→下妙見町-県86-濃飛横断自動車道和良IC-国256→道の駅「和良」-県323(こもれびロード)→明宝郵便局-国472,県73(せせらぎ街道)→三日町-国158→日赤北-県460(高山陣屋)→鍛冶橋-国158→坊方バス停-飛騨農園街道→美女峠公園-国361→秋神貯水池(水洞橋)-県435→秋神郵便局-秋神高原ルート→鈴蘭高原石碑-鈴蘭高原ルート→鈴蘭高原石碑(鈴蘭高原カントリー前)-鈴蘭高原ルート(折り返し)→鈴蘭高原石碑-県441→小坂町-県88→小坂温泉郷南口-国41→郷土食ひのきや-国41→帯雲橋-国257→道の駅「加子母」-国257→高山-県408→下沢-県72→東雲橋(大井ダム)-県72→旭ケ丘-県72(中央道側道)→中央道恵那IC


ツーリングレポート


 最高気温が30℃以上の真夏日を越えるようになると、早朝に出発して気温が上がり切らぬうちに標高を稼ぎ、峠を満喫して早めに帰宅するパターンが多くなる。 往復500kmを越える長丁場であることに加え、真夏日の日差しが予報されたこの日も、暗いうちに身支度を整え明け方には走り出すことにした。 朝飯時に到着する飛騨高山の食堂で、お気に入りの朝ごはんをいただく算段である。

 さて、名古屋地方の日の出は午前4時40分、車通りもまばらな街に走り出して高速道路に駆け上がると、やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびくのを眺めながら、旅の起点中央道恵那インターに向けZX-6Rを走らせる。

 日中の暑さを考えると、春めいたあけぼのに風情を感じるにはちと遅すぎる気もするが、実際は10℃をわずかに超えただけの朝の冷え込みに震えながら走る。 いやはや、30℃に達する日中の最高気温との寒暖差に、ロバストが低下した親父の身体が音を上げる(泣)。 皮ジャケットとTシャツの下に、ドライスーツを着込んで来ればよかったと後悔するも後の祭り。  たまらず中央道屏風山SAに駆け込んで一息つくも、午前6時前には旅の起点恵那インターにたどり着いた。


早朝の冷え込みに駆け込んだ中央道屏風山SA、人影もまばら


 恵那インターにたどり着いて県道68に駆け降りると、いよいよ飛騨高山から鈴蘭高原へ折り返す峠三昧ルートへと走り出した。 そして、翡翠色の川面に朝靄が立つ木曽川を見下ろしながら徐々にペースを上げ、木曽川支流の中野方川沿いへと道なりに走り続けて、木曽川から飛騨川への分水嶺を越える中野方峠に向けて駆け上がった。


恵那ICから木曽川沿いの県道68へ、朝靄が立つ翡翠色の川面


 ところで、バイク親父の峠巡りの経験では、本流から支流、さらに上流へと遡るにつれて、川の流れに沿った峠道の切り返しや傾斜は急になってゆく。 そして分水嶺を越えると、徐々に緩やかになる逆のプロセスをたどることになる。

 今回の走り出しでは、まず県道68で木曽川の支流中野方川沿いを遡り、中野方峠で分水嶺を越えて飛騨川支流の赤川沿いを駆け下りる。 東美濃と飛騨をつなぐ県道68は、分水嶺越えの峠道の変化が典型的なパターんで分かりやすい。 落差のある九十九折れとなる中野方峠付近はかなりテクニカル、力まずにセルフステアに委ねるライディングを心掛けた方が無難である。

 一方、ツーリングの全行程を俯瞰すると、太平洋へ注ぐ木曽川、飛騨川、長良川、そして日本海へ注ぐ神通川の分水嶺を越えることになる。 あらかじめ川の流れを把握しておけば、ルート上でたどるワインディングの変化を、事前にイメージすることが出来るのだ。

 さらに峠道の情報にとどまらず、物や文化が伝わる川の流れに沿って地元食堂を探せば、その流域の名物や美味いものにたどり着けることが多い...てなことを考えながら走っていると、遭遇した河川の素性が気になって仕方がない。 ただでさえくどい峠道のレポートが、川の流れの蘊蓄と相まって、さらにくどいレポートになるわけである(笑)。 


県道68の中野方峠への駆け上がり、笠置山(標高1,128m)に振り返る


 県道68で九十九折れの中野方峠越えを終えると、赤川に沿った緩やかな快走路を経て飛騨川沿いの国道41に突き当たる。 そして、突き当たった白川口で高山方面へ舵を切ると、郡上八幡方面へと分岐する飛騨金山にむけて飛騨川沿いを遡って行く。 飛騨山脈乗鞍岳から流れ出て御嶽の流れを集める飛騨川がつくった渓谷を、高山本線と並び走る旅情あふれる景色に退屈することは無いだろう。 無心になれるタフな峠道で頭をリセットするも良し、癒される旅の景色で頭をリセットするも良し。


JR高山本線と並び国道41を北上、飛騨川の渓谷を高山方面へ


 さて、国道41を白川口から飛騨金山まで北上すると、飛騨川から分岐した馬瀬川沿いの県道86へと舵を切り郡上八幡方面へと遡る。 その後、道なりに和良川沿いの国道256へと走り続け、道の駅「和良」でトイレ休憩をとることにした。 明け方の冷え込みに凍えながらの走り出しだったが、真夏日の朝日に背中を照らされ随分と暖かくなってきた。 人気のない早朝の道の駅、売店脇の自販機で冷たい缶コーヒーを買い、相棒の脇に腰を下ろしてまったりとくつろぐ。


飛騨金山から県道86に分岐し郡上方面へ、こもれび街道起点の道の駅「和良」


 道の駅「和良」は、「こもれびロード」の愛称で知られる「林道和良明宝線」の南側起点となる。 郡上市和良町と郡上市明宝畑佐地区を結ぶこもれびロードは、飛騨川から長良川への分水嶺を越え、せせらぎ街道へと駆け降りるワインディングである。

 初めて訪れるこもれびロードだが、飛騨川から馬瀬川、和良川、鹿倉川、さらに東洞川へと遡った上流域の峠越えルート、2012年に整備されたばかりのコンディションの良いテクニカルなワインディングに期待が膨らむ。

 身支度を整えて道の駅から走り出すと、しばらくは山里を駆ける緩やかなコーナーが続く。 そして、いよいよ、こもれびロードの愛称通り、こもれ日が射す林間区間に駆け上がると、走りごたえ満点のタイトな切り返しが出迎えてくれる。 バイク親父の前のめりで雑な操作も、2012年に開通したばかりの高規格道路の路面が受け止めてくれる(笑)。


「こもれびロード」こと「ふるさと林道和良明宝線」、文字通り木漏れ日の峠道


 その後さらに、駆け上がるほどに短いピッチの切り返しとなり、峠越えの後に始まるであろうやっかいな下りの攻略を思案しだした矢先...やまびこロードと同時に開通した救世主?相谷トンネル入り口にさしかかった。 峠越えの難所を貫ける立派なトンネルの脇には、全長2,722mと書かれた扁額が誇らしげに飾られている。

 そして、駆け上がりの切り返しで熱くなった頭を冷ましながら長いトンネルを貫けると、十分な幅員で緩やかな快走路が明宝畑佐地区に向けて下っている。 苦手な下りの九十九折れは見当たらず、嬉しいような寂しいような(笑)。 兎にも角にも、労ぜず今回の旅の目的「せせらぎ街道」こと国道472に駆け降りると、長良川支流吉田川沿いの街道を飛騨高山方面に向けて遡り出した。


相谷トンネル(2,722m)を貫けて明宝畑佐地区を見下ろす



 今更ながらかもしれぬが、「せせらぎ街道」は郡上市と高山市を結ぶ全長約65kmのワインディングである。 郡上八幡を起点に、長良川に注ぐ吉田川、飛騨川に注ぐ馬瀬川に沿って駆け上がり、太平洋から日本海への分水嶺となる西ウレ峠(標高1,113m)を越えて、神通川に注ぐ川上川沿いを飛騨清見まで駆け降りる。

 こもれびロードを駆け下りて、明宝畑佐地区でせせらぎ街道に合流すると、吉田川沿いの緩やかな峠道を軽快に切り返しながら遡り、坂本トンネルで郡上市明宝から高山市清見への市境を越える。 坂本トンネルを貫けると、飛騨川を上流に溯った馬瀬沿いのリズミカルな切り返しがお待ちかね、せせらぎ街道は馬瀬川をさらに上流へと遡りながら川辺近くへと降りてゆく。

 そして道の駅「飛騨清見」を過ぎたころには、いよいよ一番のお気に入り区間にさしかかり、渓流となった馬瀬川のせせらぎを感じながら、新緑の木陰を走る林間ワインディングを満喫する。 そして、せせらぎ街道らしい新緑の峠道を溯り続けると、白樺やカラマツの森が広がる西ウレ峠にさしかかった。


馬瀬川上流のせせらぎを感じながら西ウレ峠へ駆け上がる


 ウレ峠で日本海への分水嶺を越えると、渓流沿いの小さな切り返しは一変し、速度が乗るダイナミックな中高速コーナーを駆け下りることになる。 街道沿いの川上川は、高山朝市の脇を流れる宮川、さらに神通川と合流して富山湾へと続いている。 分水嶺を越えるたびにワインディングの表情をかえるせせらぎ街道、春の新緑から秋の紅葉まで季節に応じた表情を見せる景色と相まって、約65kmのワインディングは評判通りのツーリングルートである。

 家族連れドライブでも楽しめる観光ルートでもあるが、標高千メートルを超える西ウレ峠越えも含まれるため、紅葉目当てのツーリングで防寒対策を忘れると凍えることになるだろう...いや、正しく言うと、なめた格好で凍え死ぬところだった(笑)。 


西ウレ峠で太平洋から日本海への分水嶺を越え川上川沿いのダイナミックな下り


 国道472から県道73へと本名を変えたせせらぎ街道は、西ウレ峠から駆け降りるにしたがって徐々に緩やかな下りとなり、高山市清見町で国道158に突き当たって終りとなる。 そして、飛騨清見の観光案内所があるイベント施設、ウッドフォーラム飛騨でトイレ休憩を済ませると、国道158沿いの給油スタンドを探しながら高山市街へと走り続けた。

 ガソリン価格高騰の折、長距離観光ルートの終点付近の高値は推して知るべし。 市街地が近くなり地元の生活圏に入ったところで、妥当な価格のセルフ給油所をみつけ、腹をすかせた相棒にハイオクの朝飯を振舞うことにした。

 さらに、国道158を道なりに走って高山市街に入ると、高山観光のランドマーク高山陣屋に立ち寄った。 明け方からの走り出しで朝飯時の到着、陣屋前の朝市もまだ賑わっていた。 お目当ては婆ちゃんが切り盛りする道路を挟んだ食堂の朝飯...だった。 過去形になってしまったのは、どうやら閉業してしまった様子なのである(泣)。

 朝市を切り盛りする地元お母さん達ご用達の食堂、観光地のど真ん中にあってまるで祖父母の家に遊びに来たようなくつろげる店。 旨味溢れる煮付や味噌が香ばしい朴葉焼、婆ちゃんがもっと食べろとご飯のお代わりを勧めてくれる店...だった。

 ”婆ちゃん”といっても、還暦バイク親父にとっては、昨年七回忌を終えた母親位のお年頃だろうか、ひと気のない店前には木製のベンチや座布団まで放置され、彼女の無事ばかりが気になり店の前で立ちすくんでしまった。 コロナ禍のご時世で店じまいして、穏やかな老後をおくってくれていることを祈るばかり。 

高山陣屋の朝市、手前の食堂は閉業(泣)、婆ちゃんの朝ごはんにありつけず


 お目当ての朝食を逃し高山陣屋前から走り出すと、国道158で鍛冶橋を渡り高山市街を抜けることにした。 飛騨牛朴葉焼き、飛騨牛カレー、そして高山ラーメン等々、高山名物を供する名店が頭に浮かぶが、早朝から営業する食堂を見つけ出すのは容易ではない。 土地勘のない一見バイク親父は旨い朝飯にありつくことを早々に諦め、次のワインディングを目指して走り出すことにしたのである。

 高山に限らず、そこら中にあるコンビニで朝飯を簡単に仕入れられるご時世、特に地方では朝飯時から営業する食堂は絶滅危惧種になった感がある。 昼のランチ営業、場合によっては夜の居酒屋営業の稼ぎに集中するため、朝飯営業を切り捨てるのは仕方がないことかもしれない。

 国道158で乗鞍方面へと走り続けると、街の景色は徐々に田園風景となり、坊方のバス停に差し掛かったところで、お目当ての飛騨農園街道北側起点にたどり着いた。 飛騨農園街道は、国道158から美女高原まで南下して国道361に貫けるワインディング。 2021年には国道361からさらに南下して国道41に貫ける南側区間も開通したようである。

 今回は、国道158から美女高原までの北側区間を南下し、国道361で鈴蘭高原方面へと迂回するルートをたどることにした。 飛騨農園街道へと駆け上がると、その愛称通りにビニールハウスが点在する農園の景色が始まり、徐々に山深くなるとアップダウンを伴うトリッキーなワインディングが始まる。 山を切り開いた法面に挟まれることが多く見通しは開けないが、時折、冠雪した白山連峰や飛騨山脈乗鞍岳の眺望を望むことが出来る。 ピンポイントの眺めを見つけた際には、エンジンを停めて過剰な気合をクールダウンしてみるのも良さ気である(笑)。


国道158から国道361へ南下、飛騨農園街道から白山連峰を望む


乗鞍岳へ駆け降りる飛騨農園街道、上り下りを伴うテクニカルワインディング


 飛騨農園街道の北側ルートを美女高原まで走り終えると、飛騨川沿いの国道361に合流して、飛騨川が流れ出す乗鞍岳に向けて遡り出した。 そして、国道361を飛騨川支流の秋神川沿いへと走り続け、秋神貯水池に差し掛かったところで水洞橋へを渡り、鈴蘭高原方面へ向かう県道435に駆け上がった。


国道361から鈴蘭高原へ分岐、県道435水洞橋で秋神貯水池を渡る


 県道435に分岐して秋神川沿いの林間道を少し走ると、さらに上流の西洞川沿いを走る鈴蘭高原ルートに分岐して駆け上がった...がっ、豪雨災害の復旧工事のための通行止めゲートに遭遇する(汗)。 本来ならば鈴蘭高原ルートをたどり鈴蘭高原カントリー前の展望所にたどり着くはずである。 一瞬、国道361に引き返して国道41経由で帰還するルートや、国道361を御嶽方面にぬけて国道19経由で帰還するルートが頭をよぎるが、秋神高原に迂回して飛騨小坂側から鈴蘭高原の展望所に至るルートが用意されていた。

 工事期間は令和4年4月25日~令和5年2月25日だが、秋神高原経由の迂回ルートもそれなりに楽しめるワインディング、ほとんどロスなく行程をたどれるので工事期間中に訪れても問題ないだろう。

 そして秋神高原ルートに迂回して鈴蘭高原展望所にたどりつくと、今回のツーリングで一番の絶景が待っていた。 左手北側の鈴蘭高原石碑ごしには飛騨山脈の乗鞍岳剣ヶ峰(3,026m)、正面南側には本レポートの冒頭で紹介した御嶽剣ヶ峰(3,067m)がドンッと貫録を見せている。 裾野を彩る新緑の先に冠雪した稜線が続き、心が洗われるようなコントラストを見せている。 高所恐怖症の我が身を取り繕うつもりは無いが、崖っぷちを登らねばならぬような高い山は遠くから眺めた方が良い(笑)。


鈴蘭高原石碑から飛騨山脈乗鞍岳剣ヶ峰(3026m)を望む


 鈴蘭高原の展望所で穏やかな時間を過ごし終えると、小黒川沿いの県道441、さらに小坂川沿いの県道437を繋ぎ、本流飛騨川沿いの飛騨小坂まで一気に下って行く。 落差のあるコーナーをうねりながら下って行くスクリューダウンヒル、所々継ぎ目がある路面にも気を付けてラインを選ぶ必要がある。 この日一番の絶景の後にはこの日一番のテクニカルワインディングとなった。

 さて、トリッキーなダウンヒル、前のめりにならぬようにリアブレーキで進入姿勢をつくりながら、調子に乗ってアクセルを開けてゆくと...リアタイヤがズルっ! ZX-6Rのトラクションコントロールに救われたのかもしれぬが、アクセルを戻すことなく多少のオーバーステアで結果オーライ。 それにしても還暦親父の心臓に悪い(汗)、我が技量への過信を捨ててレベル3までKTRCを利かせた方が良いのかも知れぬ。

 そして懲りずに攻め続けて、今度はフロントタイヤがズルっ! S字の切り返し、車体を起こすフロントブレーキを多少あてたかもしれぬが、それほど握り込んではいない。 フロント荷重がかかる前にアクセルを開けてプッシングアンダーが出たか...いずれにしても、前後輪の回転速センサだけで制御するKABSでは救えぬシーンだろう。

 ZX-6Rを購入して年明けに三年目の車検をむかえる予定である。 純正タイヤのS22の走行距離は6000kmを越えたがサーキットは未走行、スリップサインまで余裕があるような気もするが...成り行きでスリップダウンを免れた状況を考えると、そろそろタイヤ交換を考えた方がよさそうである。 S22はツーリングユースのライフとサーキット走行のグリップいずれも申し分ないが、ミドルサイズの相棒に合わせてもう少しつぶれるタイヤを試してみようかと思案する。

 

鈴蘭高原から小黒川沿いのスパイラルダウンヒルに駆け降りる


 鈴蘭高原から飛騨小坂まで一気に駆け降りると、飛騨川沿いの国道41を下呂方面に向けて下り出した。 峠フルコースのスリリングな〆に満腹のバイク親父、こんどは胃袋を満たしてくれる食堂を探しながら国道41をクルージングする。

 そして目に留まったのは郷土食「ひのきや」、小奇麗な店構えは食堂と言うよりは日本食料理店の趣きである。 しかし、思いがけず高山陣屋まえの食堂の閉業し飛騨飯朝食を逃したバイク親父、”郷土食”の肩書に迷わず立ち寄ることにした。 期せずして開店間もないタイミングとなり、この日最初の客としてカウンター席に案内された。


郷土食「ひのきや」、小坂町の国道41沿いで飛騨の郷土料理を供する


 そして迷わず注文したのは、飛騨牛朴葉みそ焼き定食2,000円也、飛騨飯の実力を図る規定演技。 その他メニューには、飛騨高山の国八食堂を思わせる豆腐焼き定食などのメニューもあり、飛騨川沿いをたどれば飛騨飯にありつけるだろうという思惑も当たったわけである。

 そして配膳された飛騨牛朴葉みそ焼き定食は...ビジュアルだけで美味いことが確定(笑)。 季節に応じた地元飛騨小坂の新鮮食材にこだわる店らしく、存在感のある飛騨牛の下には主役をひきたてる旬野菜。 法要会席までこなす店の料理は洗練されており、板場を仕切る店主のちゃんと修業した感が伝わってくる。

 甘辛い食堂飯を白飯で掻き込むスタイルが信条の昭和親父だが、たまには食材の美味しさを感じるこんな食堂飯をゆっくりと味わうのも良いものである。 食指をそそるメニューが多く、きっと再訪することになるだろう。 次回は、隣席の親父が鉄皿をジュウジュウ言わせ頬張っていた、豆腐焼き定食を注文したい、トッピング卵付きで(笑)。

定番の飛騨牛朴葉みそ焼定食、煮付と漬物も美味い


 食事を終えて会計を済ませていると、この店が幾つかのTV番組の取材を受けた店であることを知る。 最近のTVでは、ネットに流れるローカルネタを使いまわした安上がり?なロケ番組を見かけることが多い。 その結果、大勢の客が押しかけた小さな食堂に近づけなくなることも少なくないのだ。 反対に、今回閉業していた高山陣屋前の食堂の様に、いつまでも続いてほしい地域の食堂が消えてしまうのも現実である。

 老舗TV局には、幅広い知見や取材のノウハウを活かして、そんな問題提起やその深掘りに期待したいところである。 今どきの若者の生活必需品からTVが消えたらしい。 ネット配信や個人動画の後追いをしているだけではTV業界もジリ貧であろう...と、こんなことを言う段階で絶滅危惧の昭和世代? しかし、実際のところ、TVに釣られて群がるのは年寄りが多い、Z世代の方々はTVなんか見ないでしょ(笑)。 偶然見つけた落ち着ける郷土飯屋が、TVネタに使いまわされて燃え尽きることなく、長く続いてほしいものだと祈りながら駐車場を後にする。

 さて、国道41に復帰して飛騨川沿いを下呂温泉まで南下すると、国道257に分岐してさらに中津川方面へと走り続けた。 正直なところ、夢中になったこれまでの峠道に比べて、先行車に繋がって移動するだけのライディングは眠たくなるばかり。 目に留まった道の駅「加子母」にヨタヨタと駆け込むと、真夏日の熱気がこもった皮ジャケットを脱いで、自販機で買った冷たい缶コーヒーをあおり眠気を冷ます。

 その後、国道257に復帰して我慢の移動を続けると、中津川市街に差し掛かる手前で県道408に分岐して、木曽川北岸の里道で旅の起点になった中央道恵那インターを目指すことにした。 そして県道408から県道72へと走り継ぎ、大井ダムの足元で木曽川を渡る東雲橋にさしかかった。

 木曽川水系初のダムとして1924年に完成した大井ダムは、高さ53.4mを誇る重力式コンクリートダムである。 大井ダムの完成で生まれた約10kmのダム湖が、現在の観光名所恵那峡である。 

 関西電力の水力発電施設として現役を続ける大井ダムと大井発電所は、経済産業省の「近代産業遺産」に認定されている。 また、戦前のダム建設の礎となった大井ダムは、土木学会の「日本の近代土木遺産~現存する重要な土木構造物」にも選定されている。

 実際に、足元から1924年に建造された重力式コンクリートダムを見上げると、生々しい劣化の痕跡とともに現役で稼働する巨大な産業遺産の迫力に圧倒される。


東雲橋から大井ダムを望む、1924年から稼働する木曽川水系初の巨大ダム


 東雲橋で木曽川を渡りさらに南下して中央道に突き当たると、側道を走って旅の起点となった恵那インターにたどり着いた。 明け方の出発で凍えながらたどり着いた旅の起点だが、旅を終える今、ジャケットのベンチレーションを全開にしても蒸し上がる暑さである。 早く家に帰り着いてシャワーを浴びたいばかりのバイク親父は、早速中央道に駆け上がり名古屋方面への帰路に着くことにした。

 走り終えてみると、思惑通り短い新緑の季節を満喫できる峠道がてんこ盛り、試行錯誤のライディングで心地よい疲れが残る旅となった。 そして、地球温暖化うんぬんのくだりから始めたツーリングレポートだが、実際に走り出してみると、肌身を晒しながら走るオートバイゆえに色々なことを考えさせられる。

 暑さ寒さにはじまる異常な季節の移り変わりはもちろん、今回の旅で遭遇した鈴蘭高原の豪雨災害の爪痕には自然災害が多い日本の国土と気候を再認識させられる。 また、1924年から水力発電を続ける大井ダム発電施設の迫力に、その災害をもたらす自然の恩恵を理解し、産業や暮らしに生かしてきた日本人の知恵を垣間見る。 日本の政治や行政には、欧米の傲慢とも思える環境対応にふり回されるばかりでは無く、日本の国土や気候を生かした独自の環境ビジョンを示してほしいところである。

 平日はリーマン稼業で駆け回ってその原資(税金)を納め、休日はオートバイで峠を駆け回り少しばかりの気づきと能書きを垂れる(笑)。 昭和親父の他愛もない日常ではあるが、うるさくて危険なだけのオートバイが、感受性を高めて新たな一歩を踏みだす刺激になると感じるのだ。 さらに、惰性になりがちなリーマン稼業の日常や、美味い食堂飯や美味い峠巡りの道中で、何処かの誰かとの小さな共感に出会うことができれば、もう何も言うことはない。



ツーリング情報


郷土食「ひのきや」  岐阜県下呂市小坂町坂下661-1 (電話)0576-62-2375



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